整体学校大阪は「健康塾真愈整体学院」。個別指導で独立開業まで。

健康塾真愈整体学院で整体の勉強された方々のご紹介です。


新しい調整法を取り入れたO脚矯正は、驚くほどの結果を出しました。



「徳島療術院」 代表 内海 正樹 さん


◆この道へ進んだきっかけの言葉

私がこの仕事を始めるきっかけとなったのは 、大学生3年のときの叔父の一言でした。

「お客さんを健康にして心からありがとうをもらえる仕事をしないか?」 叔父の店は健康食品と療術の店で、 いろんな病気や症状を持ったお客さんが来ていました。

そして来店されたお客さんは、 ありがとうございますと言いながら笑顔で帰っていました。 私は夢がありました。 「お医者さん」になるという夢です。

中学生のとき美術の授業で30年後の自分へメッセージを書いて それをフィルムケースに入れ周りを粘土で固めて、 卵形にして「未来のたまご」というものを作りました。

今でも覚えていますが、(覚えていては意味が無いのですが) 「お医者さんになってがんばっていますか?」 という感じの内容です。

自分があまり健康でなかったことと、 人々を助け尊敬されるお医者さんに憧れを抱いていたのでしょう。 そのときは真剣に「人を助ける仕事をしたい。 だからお医者さんになりたい」と思っていました。

大学生のときにはお医者さんへの道には進んでいませんでしたが、 人を助ける仕事がしたいという気持ちは持ち続けていました。 僕がやりたかった「医者」という夢。 形は違えど「人を助ける仕事」ということに違いはありませんでした。

◆なぜか回り道

大学を卒業して、すぐに叔父の仕事を手伝わず 大手精密機器の営業マンとして働いていました。 なぜかというと、叔父の仕事を手伝う前に、 社会のことをよく知っておきたかったからです。 叔父はよく「一人前の人間になるには営業を経験したほうがいい」と言っていました。

社会の厳しさを知らずに、 親類の仕事を手伝うのは甘えが生じると思い会社には失礼なのですが、 2年で辞めるつもりで就職しました。 辞めるとはいえ、仕事は真剣にやりました。 会社での仕事はこれから店をやっていく中での言葉遣いや 人間関係などを勉強するためには大いに役立ちました。

◆総合整体学院へ

会社を辞めさっそく叔父の仕事を手伝い始めましたが、 仕事していくなかでどうしても整体の技術が必要となったため、 学校を探していたときに、たまたま以前から取引していた、 営業の方から総合整体学院の話が出ました。 

いろいろ探していましたが、とりあえず面接に行くこととなりました。 面接をしていると、叔父の話と共通するところが多々あり、 最後にしてくれた整体も非常に気持ちのいいもので、 特に迷いも無く。総合整体院で勉強させていただくこととなりました。

徳島からの通いになりましたが、授業内容は充実していて、 ただ整体だけを勉強するだけでなく、 解剖学や心理学、食についてなど幅広く勉強できました。

同期の方たちとも仲良くさせていただき、 さらに半年間悩んでいた坐骨神経痛が 練習で整体してもらっているうちにすっかり治ってしまいました。

生徒さんに練習でしてもらっていたとはいえ、 治らなくて悩んでいた坐骨神経痛の痛みが無くなり、 このとき整体ってすごいもんだなぁと感じました。

◆岡田先生との出会い

岡田先生の授業は、それから何ヶ月か過ぎて上級の授業からでした。 授業には「整体のことなどなんでもいいから質問を用意しておいて」と聞かされていたので、 私はなるべく質問を用意するようにしていました。

先生はどんな的外れな質問や関係の無い話にも真剣に答えてくれました。 今でもメールなどで助言を求めています。 先生は細かく親切に教えてくれて、 ときどきジョーダンを交えたりと楽しくて内容の濃い充実した授業でした。

先生のことは普段からすごいとは思っていたのですが、 岡田先生のことを本当にすごいと思ったのは、 先生に整体してもらったときでした。 施術時間は10分にも満たない時間だったのですが、 他の生徒さんとは全く違う感覚を感じました。

圧がすうっと芯まで届いてくる感覚で、とにかく気持ちいい。 思わず「先生ゴッドハンドですね」と言ってしまいました。 このときが「先生のような整体師になろう」と思った瞬間でした。

◆卒業して

なんとか認定を頂き、徳島で整体を始めました。 正直、宣伝もなにもしてなかったので、 祖父のお客さんをときどき整体するぐらいで、 なかなかお客さんは増えませんでした。

これではいけないと思ったので、 とにかくお客さんを増やすために、飛び込み訪問で宣伝することにしました。 初めは前の仕事のお得意さんに訪問しました。

「お久しぶりです。 今、私こんな仕事をしてるんですよ」とチラシを渡すと、「久しぶりやねぇ。 へー整体始めたん。実はね、ちょっとこの前から腰が痛くて歩けなくてね。 ちょうどいいからちょっとお試しでしてもらえんで?」とおっしゃいました。

初っ端から思いかけずお試しとはいえ整体をさせてもらうことになりました。 背面だけなのですが、大変気に入ってくれて、 これがきっかけで定期出張させてもらうようになりました。

腰痛のほうは通い始めて3回目くらいですっかりよくなり、 痛みで曲がっていた腰も伸びで、大変喜んでくれました。 その後も五十肩だった肩もよくなり、このお客さんには紹介をたくさん頂きました。

僕のしたことはとにかく総合整体学院で習った基本コースをしていただけなのですが、 この基本コースはびっくりするほどの効果があり、口コミで広がりました。


◆自信がついてきて

今まで基本コースで腰痛や肩こりや五十肩のお客さんを主に施術してきたのですが、 そろそろ自信もついてきたので、 岡田先生に教えていただいたO脚矯正を始めようかと考えました。

基本コースには自信がついてきたのですが、 O脚矯正はしてなかったので、誰か知り合いでいないかと探していたところ、 またまたタイミングよく友達の彼女がけっこうO脚で、 それを気にしていたので、O脚矯正させてもらうことになりました。

少し間が空いたのですが、 先生に教えて頂いた施術をして一回目は予想より変化が出ました。 しかし始めのほうは順調だったのですが、 だんだん変化が少なくなり、ついにはまったく変化が無いという事態が起きました。

「私のやり方は正しいのか?」という不安がよぎりました。 こんなときは、いつも先生にメールします。 これまでにも何回もメールで助言をもらい助けてもらっていました。 そして今回は先生のご指導を直接受けさせてくれることになり、 後日モデルの方を連れて大阪へ行くことに。

◆O脚矯正コース

私は基本的なことは出来ていると思っていたので、 岡田先生が現在大阪で開校されている健康塾真愈整体学院の O脚矯正コースの1コマコースを受講することとなりました。 先生とは2年半ぶりくらいの再会でした。

まずは先生の問診、 どういう風に問診するかをモデルの子の前で見せてくれました。 私は恥ずかしい気持ちになりました。 私はぜんぜんこんな風にできてない。

先生の問診は私もモデルの子も納得させて、 O脚は治るという自信と希望をみなぎらせる素晴らしい問診でした。 それに比べ私の問診は先生の内容とは程遠い粗悪な問診をしていたことに気がつきました。

そしてこの後、さらに恥ずかしい気持ちになることに。 私がモデルの方に施術して、 その後先生が施術するという形で実技が進められました。 まずは私の背面の施術を見てもらい、次に先生の背面を見させてもらいました。

私は「はっ」としました。 自分が整体学院で教わった通りにしていると思っていた整体は、 岡田先生の整体とは圧の入れ方、 スピード、美しさ、そしてモデルの方の受ける感じが全然違いました。

その後のO脚の調整法も先生に教えて頂いたと思っていた調整法は、 完全に我流になっていて、先生のそれとは違うものになっていました。

先生みたいな整体師になりたいと思っていたのに、 2年半で半我流整体となっておりました。

ここへ来る前は、「調整法を覚えて帰ればいい」と軽い気持ちで考えていたのですが、 調整法どころか、自分のやっている基本を見直すことができて、 初心を思い出し、「来て良かったなぁ」と心から思った一日でした。

◆いざ実践へ

ご指導頂いて一週間後、O脚矯正の仕事が入りました。 あの友人の彼女です。 基本を見直して、新しい調整法を取り入れたO脚矯正は、驚くほどの結果を出しました。

明らかに見た目が変わっていることを、私も本人も確認できました。 一週間後のO脚矯正もかなりの変化が見られ本人も喜んでいました。

先生は以前「100の技を学ぶより100の技を自ら生み出せるようになりなさい」とおっしゃっていました。 いろんな技を取り入れるのではなく、 骨格や筋肉の構造を知り、基本を極めていく中で、新しい技が生まれる。 という意味ではないのかと私は思っています。

そして先生は「O脚矯正は基本コースの延長線上にある」ともおっしゃっていました。 いかに基本が大事かということだと思います。 改めてですが、岡田先生の基本は本当に素晴らしくて奥が深いです。

今回思い切ってO脚矯正コースを受講したことは、 O脚のスキルアップだけでなく、 私のする整体すべてのスキルアップに繋がりました。 徳島療術院本当にありがとうございました。

岡田先生の真愈整体学院で、 これからも学ばせて頂ける事は嬉しくもあり、頼もしくもあり、 身の引き締まる思いでもあります。 岡田先生どうぞこれからもよろしくお願いいたします。





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